いわて銀河100kmチャレンジマラソン報告<長文ですよ> [ウルトラマラソン]
バイキンマンがいた。
いわて銀河チャレンジまで1ヶ月 [ウルトラマラソン]
ウルトラへの道 [ウルトラマラソン]
100kmから10日経ちました [ウルトラマラソン]
いわて銀河チャレンジ100km報告(下) [ウルトラマラソン]
(上)(中)(下)の3部構成で最終回です。
まだ読んでない方は(上)から読んで下さいね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(中)からの続きです
関門ギリギリの集団は、いつしか10人を超えていた。
いや、女性も2人加わっている。
一番若い女性は、それほどフルの経験もないという。
「いしのまき復興マラソン」参加の男性が歩き始めた。
「(86kmの関門は)もうすぐですよ」励ましたつもりだ。
彼はうなずき、一瞬笑みを浮かべたが、走ろうとはしなかった。
一人、また一人落ちて行く。
まるでサバイバルレースだ。
前から落ちてきて、ふんばって「仲間」に加わるランナーもいる。
フルと違って必ず立ち寄るエイドで過ごす時間により、
「仲間」の人数や顔ぶれは変わる。
それでも、またギリギリ同士は一緒になる。
この仲間に付いていけないということは、
つまりリタイアを意味するのだ。
日が傾き、オレンジ色に山が染まりつつあった。
「厳しいのは86kmです」もう大丈夫。
ミニスカートの男性が言った。
「もう関門はないんですか?」
「90.5kmにあります。でも、もうそんなききつくはないです。40分ありますから」
なるほど。たったの4kmに40分だったら、
1kmあたり10分で済む。
暑さのせいもあるだろう。アップダウンの連続と厳しい関門。
私たちの後ろのランナーは、ほとんど関門から先には進めないはずだ。
最後尾の私たちの中には、サブ3、サブ3・5の経験者が数人いた。
「フルと、ウルトラは違うんですよね」実力派ランナーたちはうなずき合っている。
サブ4を達成したことで、自信を持った自分の勘違いを知る。
しかし、ここで自信を失ってもいけない。
走るのだ。
歩いても、どうせ足は痛いのだ。
走ると、もっと痛いけど。
最終関門の90.5kmまでたったの4km。40分もある。
キロ10分で走れば間に合う。
しかし、その4kmがくせ者で、ほとんどが上りだった。
また歩いてしまった。
40分もあるのだから、少しくらいはいいだろう。
ギリギリの男たちも歩き始めた。
でも、何人かは痛そうに、歯をくいしばって走る。
ほとんど歩くのと同じスピードで。
4分ほどあった「貯金」は、こうして浪費されていく。
上りが終わって国道らしい大きな通りに出た。
自然の中から、人の暮らしの中に戻ってきたような気がする。
すぐに関門とエイドがあった。
あと9.5km。
時間は80分もある。
キロ8分ペースなら完走だ。
ちょっと自信が出てきた。
最終関門を兼ねた90.5kmのエイドにはコーラがあった。
「夢に見たコーラだ!」甘さと炭酸が心地よかった。
アクエリアスにはもう、飽き飽きしていた。
「これ、私たちが作ったゆべし。ポケットに入れてって」とエイドのおばちゃん。
「手作りのゆべしなんて初めて。ありがとう」
ウエストバックにしまい、走り始める。
よし、足は動く。
キロ7分45秒ペースで走れる。
これなら完走は間違いない。
ただ、GPSの誤差などもあるし、ぎりぎりは怖い。
3分は余裕が欲しい。
もう少し急ごうか。
「あと何キロですか?」
男性を追い越そうとしたとき、その男性が沿道の係員聞いた。
係員は指を4本立てて「4キロ」と言った。
「ありがとう」彼はお礼を言った。
そんなはずはない。
私はGPSを思わず確認して言った。
「違う、私のGPSだとまだ6キロ近くはありますよ!」男性に告げる。
2キロの違いは、今の私たちにはあまりに大きい。
7分ペースでも2キロで14分。
もし、そのつもりで歩いてしまったら、取り返しはつかない。
しばらく走ると「ゴールまで5km」と標識が見えた。
先ほどの男性が、並走してきた。
お礼を言いたいのかと思って、私は黙っていた。
しかし、彼は黙っている。
私から口を開いた。
「もう、(ゴールまで)行けるでしょうね」。
「あぶないところでした」。
しばらく、お互いのことを話した。
彼は3度目の「銀河チャレンジ」。
最初はリタイヤ。去年は完走。13時間53分だった。
「今年も同じタイムになりそうです」。
フルマラソンではサブ3.5という。
日中、さんざん私たちを照りつけた太陽は赤みを増して、
田植えを終えたばかりの田んぼに反射している。
スマホのシャッターを押しながら、
「スタートした直後もこんな写真を撮ったな」と思った。
そうだった。
夜明け前から走り始め、朝焼けを見た。
日中は暑さに苦しめられた。
そして夕焼けに変わった今になっても、
なお、走り続けているのだ。
13時間を越えた。
あと3km。
また上り坂がある。でも、25分もあるから、歩かなければ大丈夫だ。
「さあ、元気を出しましょう」とミニスカートの男性が言う。
応じるように「元気が出たぞ」と大声で言い、
しばらく並走してみたが、結局ついていけなかった。
あと1km。12分ある。
もう大丈夫。
ゴールは間違いない。
いよいよ完走を確信した。
ゴール付近のざわめきが、かすかに聞こえてきた。
いよいよだ。
気が付けば、私は一人だった。
前のランナーも、後ろのランナーとも、50m以上は離れている。
走るほど、音がどんどん大きくなる。
人のにぎわい。歓声。音楽。
野球場らしいグランドに沿って、右にまがった。
白いテープがピンと張られていた。
あと30m。
今、このまっすぐなコースを走っているのは、私一人。
あのゴールテープは、私が切るためにある。
20m。
前へ進む。
歓声がいっそう大きくなった。
私に向けられている声援だ。
10m。
何も考えない。
ただ、白いゴールテープをめがけて。
5m。
その瞬間、歓声に包まれていた。
(おしまい)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
エピローグ
ゴール後、一緒に走った仲間たちと、
お互いのゴールを喜んだ。
「僕も完走しましたよ」
後ろから声がした。
振り返ると「石巻です」と言った彼だった。
ずいぶん前に落ちたので、完走は無理かと思っていた。
よく粘ってくれた。
ここで会えて良かった。
またどこかのレースで会おう。きっと。
私にウルトラの走り方を教えてくれたMコーチも、
ゴール直後に笑顔で迎えてくれた。
もちろん、無事完走。
彼がいなかったら、私の完走はなかった。
50kmの部に挑戦した奥様も無事完走したとか。
ご夫婦で完走すれば、喜びも倍増だろう。
ウルトラを走る。
そのさなかには、2度と走るまいと思っていた。
こんな辛いレースなんて、もう2度とは。
でも、今は・・・・・・・
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
数多くのアドバイスをくださったKANPEIコーチ、
そして、走る喜びを与えてくれたW隊長、
いつも一緒に走ってくれた大勢の仲間たちに、
心からお礼を申し上げます。
いわて銀河チャレンジ100km報告(中) [ウルトラマラソン]
このレポートは(上)(中)(下)の3つに分かれています。
スクロールして、(上)からお読みください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うかつだった。
関門があることは知っていた。
でも、何㎞にあり、それが何時までなのかは知らない。
知る必要もないと思っていたからだ。
14時間もある。
私なら、13時間以内で走れるだろう。
リタイアするとしたら、それは予期せぬ痛みや、
何かトラブルがあったときのことだ。
意識したのは67km過ぎにある4つ目の関門だった。
通り過ぎる時、「あと6分です」という声が聞こえた。
時間に余裕が無くなっていたことが、初めてわかった。
「ふう、間に合った」並走していた同年配の男性が言った。
「ギリギリだったんですね」答えた。
「去年はここで引っかかったんですよ」
聞けば男性はサブ3ランナー。
ウルトラも5度目という。
でも、昨年初めて出たこの大会で、制限時間による関門でリタイアとなった。
驚いた。
リタイアなんて、ろくに走れもしない人が無謀に挑み、
勝手に白旗を揚げるものだと思っていた。
50km過ぎの急な坂は終わった。
確かもう一つ、短い上り坂があったはず。
「あの坂越えれば下りだから」前を走る男女の男性の方が、
女性にアドバイスしていた。
「そうか、あの坂を越えれば」
では、しばらく歩いて、坂が終わったら走ろう。
またも温存することにした。
あまり時間に余裕はないが、
この坂道が終わってからなら、余裕をもってゴール出来るはず。
しかし、坂道は終わらなかった。
カーブを曲がると、延々と続いていた。
それもそのはず。
あとで確認したら、67kmから80kmまで、ずっと続く上りだったのだ。
標高差は200m程度と、普通なら緩やかな坂道と言える。
しかし、65kmを過ぎての坂道は、
消耗しきった体を容赦なく痛めつけて来る。
そんなさなかの74kmに5つ目の関門があった。
制限時間は14時20分。
通過したのは14時16分。
余裕は全くなくなっていた。
「次の関門は何㎞にあるんですか?」
40代前半だろうか、がっしりし体形の男性に聞かれた。
「わからないんですよ。初めてなもので」。
「余裕がないことだけは確かですね」。
「サー、元気を出して行きましょう」
ミニスカートをはいた長身の男性が後ろから来て、太い声で言った。
足も長く、痩身で、無駄のない体をしていた。
このまま歩いていては、関門がクリアできないかもしれない。
彼に付いていった。
先ほどの関門を一緒にクリアしたサブ3ランナー、そしてがっしり体形の男性、
ミニスカートの男性と、しばらく4人で走った。
前方から落ちてきた男性を抜いた直後に、
「私も石巻ですよ」後ろから声をかけられた。
聞けば、実家は近所だった。
同じ地域なら、自宅の被害はそれほどでもないはずだ。
「いっしょに完走目指しましょう」。
「頑張ります」5人で,坂道を上った。
ようやく80kmで平坦になった。
でも、歩いているランナーがいる。
「いしのまき復興マラソンに出る」と言ったリベンジランナーだ。
「歩いていたら、間に合いませんよ」
目つきが変わった。
道は一転、急な下りに変わった。、
急な下りを6人で駆けおりた。
(下)に続きます。
いわて銀河チャレンジ100km報告(上) [ウルトラマラソン]
壁だ。
壁が行く手を阻んでいた。
50kmを越えた直後、延々と続いて見えるこの坂道は、
まさしく壁に見えた。
スタートは午前4時。
ウルトラマラソンでは普通の時刻なのかもしれない。
でも、初挑戦の私は「早く寝ないと」と、そんな気持ちばかりが先に立ち、
結局一睡もしないままスタート時間を迎えてしまった。
案の定、最初の20kmは意識がもうろうとしていた気がする。
「いつリタイアしようか」そんな気持ちが何度もよぎった。
少し楽になったのは30km過ぎのエイドステーション。
おにぎり、梅干し、バナナ、手作り味噌のみそ汁をほおばると、力が湧いてきた。
眠気もだいぶおさまった。
でも、まだ10時間以上は走り続けなければならない。
この調子がいつまで持続できるだろう。
50km過ぎの壁は、無理をしないことにした。
ここまでゴール時間を計算すると、若干余裕がある。
走って足を減らすより、温存して歩く方を選んだ。
前後のランナーも歩いていた。
標高差約500mというこのコース。
アップダウンは想定していたし、足の痛みも予想はついた。
しかし、歩いていると、時間はどんどん経っていく。
「再来週、石巻にいきますよ」突然、後ろから声をかけられた。
私の背中の「石巻ランニングクラブ 感謝」
そのメッセージのせいだ。
私も参加する「第1回いしのまき復興マラソン」に東京から仲間とやってくるという。
「では、石巻でまたお会いしましょう」。
昨年、やはりこのレースに参加したが、関門の時間制限で引っかかったという。
「今回はリベンジですよ」そう言い残し、先に行ってしまった。
それにしても、岩手県はなんて自然が豊かなところだろう。
時折渡る川は、清流と呼ぶのにふさわしい輝きを放つ。
緑の木々の間から、絶え間なく鳥の声、蝉の声、
カエルか何かわからないが、自然の声が聞こえて来る。
遠くの山並みには残雪が見える。
緑のにおいが心地いい。
しかし、暑い。
天気予報では最高気温が29度になるという。
直射日光に、こう照りつけられるのはかなわない。
少しは曇ってくれないか。
トンネルがあった。3つのトンネルが続く。
長いのは2km以上あるらしい。
体が冷えるので、そのためのビニールも支給されているほどだ。
でも、おかげで暑さから逃れられ、
若干下ることからクールダウンになったといえるかもしれない。
ここまで、キロ7分ちょっとで走っている。
計算すると、同じペースで行けば1時間半くらい余裕があるはず。
この50km過ぎの急坂を足の温存のために歩いても問題はないだろう。
温存のために歩く。
思えば、それは逃げていたのかもしれない。
「まだ大丈夫だから歩く」
「今後のことを考えて、休む」
「暑いから今回はダメだった」
「寝不足だから、失敗した」
心は弱いものだ。
次々と、完走出来なかった時の理由が浮かんでくる。
完走を期待してくれている仲間の顔を思い浮かべた。
ランニング仲間たちは、私の完走を疑ってないだろう。
完走出来なかったら…いや、考えないことにした。
走ろう。
走ろう。
走り始める。足が痛む。
でも、走ろう。
走ることを止めると、走れなくなる。
走ろう。
今が勝負だ。
でも、その後も勝負はその後も延々と続くことになる。(中へ続く)
いわて銀河チャレンジ100kmまで1週間 [ウルトラマラソン]
週末RUN [ウルトラマラソン]
初のウルトラとなる「いわて銀河チャレンジ100km」は、
6月14日(日)に行われます。
あと1か月少々。
もう1度、50km以上を走っておきたいところです。
今週末は土曜日は曇り。日曜は晴れのち曇り。
土曜日は日中、日曜日は夕方に、
それぞれ25kmを走りました。
ペースは6分30秒程度。
本番を想定したスピードよりは速いものの、
サブ4を意識した練習より、だいぶゆっくりです。
「これならずっと走れそう」。
走っていると、そんな気持ちになりますが、
やはり20kmを過ぎると足が重くなります。
しかも、ゆっくりなので距離が伸びません。
今日は30km走ろうと思っていたのですが、
遅くなったので途中でやめました。
20km以上も走り続けることは、
何度フルマラソンを走っていても、
しんどいことだと思います。
さて、いつもの東京湾沿いのコースは、
私にとって春はキス、秋はサヨリが釣れる釣りの岸壁なのです。
ところが、昨日、今日は滑走路に早変わり。
臨時の格納庫も出来ていました。
「Red Bull」とかいう小型飛行機のレースが行われたもようです。
突然何もないところに、こんなものがあると驚きますね。
5月中は、もう少し体をいじめて、
6月に入ったら、休養しようと思います。