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いわて銀河100kmチャレンジマラソン報告<長文ですよ> [ウルトラマラソン]

ウルトラの朝は早い。

目覚ましの音で起きたのは午前1時。
私は寝つきは良くないたちだけど、
マラソン仲間からもらった睡眠導入剤のおかげでぐっすり寝られた。
コンビニで買った冷やしうどん、おにぎりを食べ北上駅に向かう。

陸上競技場に向かうシャトルバスは30分おきに駅のロータリーから出る。
午前2時すぎ、すでに長い行列ができていた。
すぐには乗れないと覚悟を決めていたけれど、
「補助シートで良ければ乗れますよ」と係の人が言う。
5分も待たずに乗ることができた。
会場まではほんの7、8分で着く。
わざわざ次のバスを待つ人の気持ちがわからない。
振り返れば、座席のすぐ後ろで長老ツッチーさんが弁当を広げていた。

バスを降りる。
星の見えない真っ黒な空の下、
競技場がまぶしいほどに輝いて見える。
近づくほどにMCの明るい声やランナーたちのにぎわいも大きくなる。

競技場に入ると、すぐに着替えができるスペースがある。
着替えは済ませていたけれど、
シューズをチェック、もう一度おにぎり、大福を食べ、ストレッチ。
外の気温は17、18℃くらいだろうか。
シャツ1枚でも寒さは感じない。
イントラMさん夫妻、ゴードンさん、ツッチー長老、antianと合流した。
KANPEIさんもやがて合流。

スタート15分前、いっしょに記念写真を撮ってからコースに並ぶ。
すぐ後ろには、昨年の後半、しばらく一緒に走ったことのある、
埼玉のはるな愛さんが立っていた。
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イントラMさん、KANPEIさん、antian、ゴードンさん、ツッチー長老。
いつもの仲間に囲まれていたためだろう、
スタートの緊張感はまったく感じず、気がついたらレースが始まっていた。
前回まで、大介花子がスターターを務め、
ハイタッチもしていたけれど、今回は姿が見えなかった。

まずは競技場のトラックを走り、
外に出てからも周回するコースをしばしキロ7分弱のペースで走る。
「いってらっしゃーい」何度もイントラMさんの奥様が大声で手を振ってくれて嬉しかった。
ちなみに奥様は、このあとシャトルバスに乗り移動、
50kmの部に出場する。

気がついたとき、ゴードンさん、antianはもう見えなくなっていた。
さすが、スピードのある人は違う。
でも、初の100km。そんなに早くて大丈夫だろうか?

イントラMさん、KANPEIさん、私、ツッチー長老の順でしばらく走っていたけれど、
少しづつ、お互いの距離は離れていく。
5kmを過ぎKANPEIさんの姿も見えなくなり、
長い一人旅が始まった。
2016-06-14 18.27.21.jpg
ウエストバックにはゼリー2本、アミノバリュー3本、シトルリン3本。
そして写真用にスマホを入れている。
マラソンに重さは悪。荷物は最小限にした。
シューズもより軽量なピュアコネクト4にして、ソックスもあえて薄手にした。

「初心者には底が厚いシューズ」という定説には根拠がなかったことを、
米の大手運動用品メーカーも事実上認めている。
底の厚いシューズは足に余計な負荷をかけるらしい。
そういえば、昨年あたりから裸足でマラソンを走る人が増えている。
初心者でも靴底が薄いシューズを使うのがスタンダードになるかもしれない。

運動公園を出てから、
農道のような道を西へ向かう。
10kmくらいまでは、ゆるやかな上り坂が続く。
といっても高低差の厳しいこのコースは2箇所の大きな下りを除けば、
コースのほとんどは上りと言っていい。
ペースはキロ7分を目安にしているが、
気がつけば上りでペースは落ちていたりする。
でも、気にしないことにした。
あくまでも100km完走こそが目標なのだ。
2016-06-14 18.27.54.jpg
ほぼ5kmおきにあるエイドには必ず立ち寄った。
最初は水とアクエリアス、あら塩だけだったけど、
徐々にバナナ、梅干し、おにぎり、パン、コーラ、オレンジなどが並ぶようになる。

25kmすぎ、トイレに寄った。
仮設トイレは2つに対し3、4人が並んでいた。
公民館のような施設の中のトイレは、
個室は1つに対し6、7人が並んでいた。
個室には用がなかったので、すぐに終了。
ロスタイム2分くらいだろうか。
走り始めるとツッチー長老に追いついた。
トイレタイムの間に抜かれたようだ。
走りながらいっしょに記念写真を撮った。
先に進むと、すぐ後ろから、また長老の声。
振り向くと今度はKANPEIさんが一緒だった。
今度は3人で記念写真。
トイレタイムの間に抜いていたらしい。
「曇り空で快適ですね。最高ですね」。
そう言いながらKANPEIさんはピッチを早め、
後ろ姿はすぐに小さくなっていった。
2016-06-14 18.30.49.jpg
右膝の内側が痛み始めた。
錯覚にちがいない。そう思うことにした。

やがてコースは銀河なめとこラインへ。
いくつかの温泉街を通り抜け、その先は奥羽山脈を越えて秋田に続いている。

ふと、GPSを見ると距離やタイムが消えて、
普通の時計に戻っていた。
こんなトラブルは最近なかったのだが。
改めてクロノグラフを合わせ、35kmくらいから再びスタートさせた。
距離も時間も数字はすべて0から始まる。
これからは表示される距離に35を足して計算していかなくてはならない。
このトラブルが、あとで大きくレースに影響することになる。

35kmすぎ、エイドに着くとKANPEIさんがいた。
「ここに味噌汁ありますよ」
そうだった。ここの手作り味噌の味噌汁は絶品なのだ。
前回、ここの味噌汁から急に元気が湧いてきたことを思い出し、
お代わりして計3杯いただいた。

右に左に温泉宿が現れる。
温泉付き別荘の看板もあった。
こんな山奥の家に住んで温泉三昧・・・・・・
昨年もそんなことをぼんやり考えた気がする。
2016-06-14 18.32.47.jpg
40km。
豊沢ダムが近づくにつれ、上りは険しさを増す。
そろそろ歩くタイミングだろうか。
最初に歩くときはちょっと罪悪感がある。
去年もこのへんからだったかもしれない。
心の中で自分に言い訳をする。
走れないわけじゃない。
足をすり減らさないために歩くのだと。

灰色の空の彼方からヒバリのさえずりが聞こえてくる。
近くの木立からウグイスの声もする。
森の中にランナーたちの足音が響く。

午前9時をすぎた頃から、
おそれていた青空が広がり始めた。
天気予報通りだ。
東北の澄んだ空気のせいだろうか、
直射日光は東京のそれより格段に強い気がする。
峠越えのつづら折りの道で、左に右に木立の日陰を求めながら走り上った。
2016-06-14 18.33.20.jpg
豊沢湖は花巻市にある人造湖だ。
ダムの上がコースになっている。
コースの西、左手に大きな湖が広がり、
東は急峻な渓谷になっている。
自転車のグループが気持ちよさそうに休憩していた。
緑の山々と渓流の美しさは、
この50km前後がハイライトと言えるかもしれない。
ただ、暑すぎて堪能する余裕はなかった。
熊出没注意。
そんな警告の看板も増えてくる。
今年は岩手、秋田で熊の被害が相次いでいる。
熊よけの鈴をつけて走っているランナーも多い。

コバさん、antian、ゴードンさんは、もっとずっと先を走っているのだろうか?
イントラMさんは? KNAPEIさんは?
仲間が大勢参加していると、そんなことを考える楽しみもある。
「50kmを目標」と言っていたツッチーさんは、
坂道を上っているだろうか?
2016-06-14 18.34.29.jpg
55kmをすぎたあたりで、ようやくトンネルが見えてきた。
トンネルは上り坂の終わりの目印であり、
しばし、暑さから逃れるシェルターでもある。
中に入ると冷んやり気持ち良い。
3つ目の長いトンネルでいよいよ下りになった。
なかなか出口の見えない長いトンネルだった。

バイキンマンがいた。
いや、暑さのせいでバイキンマンのお面は脱いで腰にぶら下げられていた。
だから「バイキンマンのお面を腰にぶら下げて走る人」というべきか。
尻尾はそのままだったので、
お尻で揺れながら太陽の光を反射していた。

50kmを過ぎた頃から、前後を走る顔ぶれが決まってくる。
同じ人と抜きつ抜かれつを繰り返すことになるのだ。
バイキンマンだった人も、そんな一人だ。

長いレースで一番の楽しみは何か?
それは自分で預けた荷物を受け取れる66km地点のエイドだ。
前回、その楽しみには思い至らず、ゼリーやおにぎりなどの糖分を用意しただけ。
本番では食欲をそそらず、
結局何一つ食べずに、そのまま走り始めた。

今年はコンビニで買ったプラスチックコップ入りコーヒーを、
凍ったペットボトル2本とともに二重にしたクーラーバックに入れて預けていた。
これは我ながら良いアイデアだったと思う。
よく冷えた甘いコーヒーは思わずうなるほどのうまさだ。
少し溶けたペットボトルのジュースも
アクエリアスを飲み飽きた身には新鮮な味だった。
ただ、カスタードクリーム入りの菓子パンは、
クーラーバックの外の袋に一緒に入れただけだったので、
直射日光でアツアツになっていた。
腐っているかもしれないと思い食べなかった。

またもKANPEIさんに会った。
メールを何本も出して時間がかかったとか。
「もうどっちにしたって完走は間違いないですよ」KANPEIさんは力強く言う。
「いえ、30km以上あるのに4時間しかありませんよ」と私。
「??5時間ありますよ」
私が時計を見誤っていた。
今回も一緒に走り出したが、すぐにKANPEIさんに離された。
今日、離されるのは何度めだろう。

70kmすぎ、唯一の折り返し地点があり、
先に折り返したKANPEIさんとまた会った。
「そこのエイドに冷たいコーラありましたよ!」大声で言われた。
走っている時に飲む冷たいコーラは何物にも代えがたい。
2016-06-14 18.37.18.jpg
このエイドは73km地点の関門にもなっている。
係の人に「関門時間まであと何分ありますか?」と聞いてみた。
「20分」と返ってきた。
確か、去年は17分だった。
3分しか違わない。
ということは、今年もギリギリだと言うことだ。
ここから、80kmまでの道が実にいやらしい。
山に入ると細い曲がりくねった山道がずっと続く。
「このカーブを曲がれば下りかな?」
そんな淡い期待を抱いてカーブを曲がると、
見えてきたのは上り坂。
今度こそ。
そんな気持ちで次のカーブを曲がる。
でも、そこに待っているのはやはり上り坂。
カーブのたびに淡い期待を抱いて、
当てが外れ、心が折れそうになる。

背中に私と同じ業種の会社名が書いてあった。
「岩手△△」の方ですか?
思わず声をかける。
「私も△△関係です」
しばらく並走する。

沿道にはところどころに、かぶり水用の大きなバケツが置いてある。
ひしゃくで救い、頭からかぶる。
奥羽山脈からの湧水は冷たい。
かぶるたびに生気がよみがえる。
ただ、そのためシューズが濡れてきた。
ずっと痛みの消えない右膝にも水をかける。


80km。
ようやく下りだ。
ここで時間を挽回しなければならない。
ほぼキロ6分くらいのスピードで下る。

去年と同じミスをしていたことに気がつく。
80kmすぎにある関門は、
いったい何キロ地点で、何時なのか?
正確なことを覚えていなかった。

坂道を下りながら60代後半と思われる、おじさんに聞いてみた。
そのおじさんのゼッケンは3桁の番号だった。
いわて銀河は5回完走すると3桁の好きな番号を、
永久に自分の番号とすることができる。
つまり、3桁ということは5回以上完走しているということだ。
でも、そのおじさんも関門の時間と距離をはっきり覚えていなかった。
「88kmで午後4時って、さっきのエイドの人が言ってましたよ」
と、女性がその話題に加わった。
午後4時まであと18分。現在は推定85km。
あと3kmで18分???
通常のマラソンなら可能な数字だが、
80km以上走っている今、それは厳しい。
しかし、ここで引っかかってはカッコ悪い。
その女性も勢い良く走り始めた。
「私、遅いんです。いつもキロ9分ぐらいでジョギングしているんです」
「いえいえ、速いじゃないですか!」

歩いていた女性を抜いたとき、女性同士が話をした。
「あと1.3kmですってよ」
関門は88kmではなく、86kmというのだ。
たぶん、そっちが正しい気がする。 
あと16分で1kmなら、歩いたって平気だ。
でも、確かなことがわからない。
ペースを緩めず走り続けた。
「あの人は何度も出ているから間違いないですよ」とキロ9分の女性。
いや、しかしここで油断したら・・・
その時、突然、関門が見えてきた。
急に膝が痛くなってきて、関門まで歩くことにした。
86.3km、午後4時が関門だった。
まだ10分以上ある。
ひと安心して冷たいコーラを飲んだ。

キロ9分の女性はパイプ椅子に座ってスマホをいじりはじめた。
声をかけずに一人走り始めた。
次の関門は90km。
それほどきつくはなかったはずだ。
上りは歩き、くだりはキロ8キロくらいで走った。 
前回は何人かで励ましあっていたけれど、
今回は1人。
埼玉のはるな愛さんは、そろそろ追い上げてくるころだろう。

国道のような道に出る。
車が次々と通り過ぎ、沿道には病院や温泉施設が立ち並ぶ。
山道はもう終わった。
ゴールのある雫石が近いと感じる。
いや、でもまだ8kmはある。
けっして短い距離とはいえない。
キロ7、8キロのペースで走る。

国道から、雫石に向かう横道にそれた。
いよいよと思うと、
今度は長い坂道が疲れた足に追い打ちをかけてきた。 
上りながら歩いている女性を抜こうとした時、
午後5時を告げるメロディが流れてきた。
思わず時計を見た。 
ちょうど歩いていた女性も時計を見て、
絶望的な目で、こちらを見た。
目と目が合った。
声をかけた。
「あと7kmはありますね」
「もう(完走は)無理でしょうか」
「キロ7分で走れば大丈夫ですよ」と言って先を急いだ。 

勘違いしていた。
GPSがあてにできないせいもある。
距離もスピードの計算も狂っていた。
この時点で残り6キロは切っていた。
ということは、キロ10分ペースでも十分ゴールできるはず。
このあと、すぐに「残り5キロ」の表示が見えた。

仮装ランナーがいた。
100kmの間を抜きつ抜かれつしていたけれど、初めて声をかける。
「ついに走り切りましたね」
「はい」
「(その格好で完走は)絶対無理だと思っていましたよ」
「ぼくも無理だと思っていました」
ゴールができると思うと嬉しくて、
つい、声をかけたくなってしまう。
2016-06-18 22.47.25.jpg
雫石の町が見えてきた。
街全体がやや高台にある。
最後の上り坂の下を、秋田新幹線が通り抜けて行った。
みんな心配しているかもしれない。
2度目の挑戦の私のゴールを疑う人はいないだろう。
しかも、もっと早いタイムで帰ってくると思っているだろう。
コバさんやantianはシャワーを浴び終えているかもしれない。
もうビールを飲んでいるだろうか。
ゴールすると生ビールの無料券がもらえる。
ビールのことを考えるのも、もう解禁だ。
2016-06-14 18.38.59.jpg
野球場が見えてきた。
ということはゴールも近い。
あと少し。
大きなカーブを反時計周りに走ると、いよいよゴールが見えてきた。

左に、ツッチー長老が手を振っていた。
いよいよ帰ってきた。
北上在住の友人、テルコさんも声をかけてきた。
もうゴールしていたのか?
それとも関門だったのか?
すぐにゴールするのはもったいない気がして、
テルコさんと一緒に写真を撮った。

ゴール。
13時間51分。
去年より、4分タイムを縮めた。

昨年の10月、タートルマラソンからマラソンシーズンは始まった。
さいたま国際は出場せず。
NAHAマラソン、東京トライアルハーフ、
ロサンゼルスマラソン、かつしかふれあいハーフ、
佐倉健康マラソン、かすみがうらマラソン
そして、いわて銀河100kmチャレンジ。
振り返れば、フルも100kmもタイムはほとんど伸びなかった。

完走のメダルと記録証を受け取り先に進むと、
コバさんとantianが笑顔で立っていた。
タイムなんかどうでもいいと思った。

東北の地で、仲間と一緒に走れた喜びがわいてきた。


(おしまい)

長文を最後までお読みくださりありがとうございました。
























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いわて銀河チャレンジまで1ヶ月 [ウルトラマラソン]

おそらく、たいていの人には「遊びか?」と言われてしまうような、
そんな仕事を時々請け負ってしまいます。
今週末もそうでした。
一ヶ月後に迫ったウルトラに向けてしっかり走り込みたいのに、
土曜日は昼間から野球を観ながら、
お酒を飲まなければならなくなりました。
控えればいいじゃん?
いえ、それが出来ないのが私の弱さなのです。

午前中は多少時間があったので近くの公園へ行き、
坂道を何往復かすることにしました。
するとコバさんとバッタリ。
トレーニングの終わりかけでしたが、しばらく並走しました。
「ウルトラはごまかしがきかない」
「距離を走っておかないと」
フルではサブ3。宮古島の100kmでは年代別で優勝。
実績のある方の言葉には重みがあります。

15日(日)、予想通り午前中は走れる体調ではありませんでしたが、
午後からせめて30kmを走ることにしました。
家を出て、公園を通り抜けて、三番瀬に出るいつものルート。
そのまま新浦安に出てから弱気になり、Uターンすることが多いのですが、
それではせいぜい20kmくらいにしかなりません。
意を決して、その先の火山やモスクの見える場所に向かいました。

2016-05-15 22.28.52.jpg
最初の公園で数回坂道を走ったため、
10kmを超えたあたりで早くも足が痛くなってきました。
リゾートから江戸川にそって北上すれば、
はやめに終わります。
しかし、今日の私は珍しく気合が入っていました。
江戸川を渡りきり、観覧車のある公園を通り抜け、
荒川に出ることにしました。
2016-05-15 22.29.33.jpg
公園の森の向こうから、
オレンジ色の日差しが照りつけます。
こんな時間になるまで走っているつもりはなかったのですが。
今日の最高気温は25度くらいでしょうか。
来月のいわて銀河では、日中、30度近い暑さも考えられます。
昨年のレースが事実そうでした。
暑さにも慣れる必要があるでしょう。
2016-05-15 22.30.20.jpg
荒川では、多くのランナーとすれ違います。
きれいな力強いフォーム。
「きっと速いんだろうな」
そんな思いで後ろ姿を見送ります。

25kmを過ぎ、水門や櫓のあるところで、
幅の狭い川沿いの道に入りました。
春先には桜並木の美しい、情緒のある遊歩道です。
ふと、川の向こうに見たことのある姿が。
どうやらM田さんのようです。
声をかけました。
ちょうど折り返してジムに戻るところでした。
ジムまで、まだ5kmはあるでしょう。
一緒に走りました。
2016-05-15 22.31.34.jpg
と、今度はイントラMさんご夫妻が向こうから走ってきました。
面白いものです。
今日はM田さん、イントラMさんご夫妻。
昨日はコバさん、そして現役サブ3のI瀬さんともすれ違っています。
地元で走る楽しみの一つですね。

今日はM田さんと走ったおかげで、
一番きつくなる25kmすぎがあっという間に終わりました。



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ウルトラへの道 [ウルトラマラソン]

今年のいわて銀河チャレンジ100kmには、
いつも一緒に走っている仲間が、
私を含めて8人も参加することになりました。
最高齢はツッチーさん73歳。
60代はコバさんとKANPEIコーチ、
50代はantianと私。
40代がゴードンさん。
そして最年少がイントラMさんと奥様。
KANPEIコーチとantianさん、ゴードンさんは100km初挑戦。
とはいえ、ゴードンさんはもっと厳しいレースの経験もあるし、
ほかの二人はフルマラソンでは私より格上の実力者。
どんなレースを見せてくれるのか、
本当に楽しみです。

私をウルトラに誘ってくれたのは、
スタート地点になる北上市在住のダイビング仲間でした。
「jackさん、100km走りませんか?」
私は答えました。
「100kmなんて、無理だよ」と。
「制限時間が14時間もあるのだから、走れますよ」

誰だって、走ったことのない人にとって、
100kmは途方もない数字に違いありません。
でも、走れるのか走れないのか?
やろうとするのか、しないのか?
結局決めるのは自分ですね。
話をしているうちに、私は100kmへの挑戦を決めていたのです。
2016-05-01 23.56.50.jpg
さて、GWのトレーニング1回目。
石巻の実家から、
市内を一望できるトヤケ森山へ走りました。
サブ4に向けたトレーニングと違い、
スピードで追い込まなくていいので、
ちょっと楽です。

山に入ると、ウグイスの声がします。
目の前を鮮やかな青い鳥が飛んで行きます。
おそらくオオルリでしょう。
10パーセントの勾配は約1.5km。
意外に簡単に頂上へ着きました。
手前に仮設住宅団地。その向こうには石巻市街。
その向こうには太平洋が広がります。
右下には旧北上川。
360度の絶景です。
2016-05-01 23.57.30.jpg
下るのがもったいないので、
一度山を降りてから、また登りました。

90分で12.3km。
連休中、もう少し距離を伸ばさないといけませんね。







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100kmから10日経ちました [ウルトラマラソン]

いわて銀河100kmチャレンジのレポートには、
多くの皆様から、嬉しいメッセージをいただきました。
だいぶ気持ちが入ってましたので、伝わったのでしょうね。
同時に、ゴール後の心境や体についての質問もありました。

率直にお答えしたいと思っています。
ゴール後は、本当に感激の一言につきます。
その達成感たるや、フルマラソンの比ではありません。
レポートにも書きましたが、
ウルトラの場合は、隣のランナーが仲間になるのです。
そして、励ましあい、お互いのゴールを喜び合う気持ちが沸いてくるのです。
「僕もゴール間に合いました!」その一言が自分のことのように。
その一瞬のためなら、どんな苦労でもしようという気になります。

今回は、ほほ18時にゴール。
喜び合って、記録証とメダルもらって、
着替えたら、もう18時25分でした。
19時のバスだと予約している新幹線にギリギリだと思い、
そのまま18時30分発のバスに乗り込みました。
そのため、記念のTシャツは買いそびれたし、
無料の銀河鍋や、もつ焼きなどを食べ損ないました。
もっとゆっくり余韻を味わいたかったです。

話は遡ります。
走っている途中、嘔吐しているランナーを見かけました。
ほぼ30度の日差しの中、
私もエイドの度に、アクエリアスと水は何杯も飲みました。
14時間近く、その繰り返しです。
おにぎり、梅干し、バナナ、パンも摂りましたが、
やはり内臓にも相当負担がかかるはず。
フルの直後は、空腹を感じる私でも、
今回、食欲はありませんでした。
ちょっと弱い人だと、
かなりのダメージになるでしょうね。

レース後、やはり歩くことが辛く、
盛岡駅では階段も苦労し、カッコ悪かったはず。
初めてフルを走ったときも、そうでした。
翌日は休みだったので、畑の草取りなどをして、
さらに、5分ほどトレッドミルで走りました。
体を動かし、走るほど痛みが減っていきました。
ただ、10日も経ったのに、
太ももの奥が、まだ痛みがあります。
これが、ウルトラの痛みでしょうか。
2015-06-24 22.37.37.jpg
完走記念のメダルは、南部鉄の黒いメダル(手前)でした。
ずっしりと重みがありました。
二つ目のお気に入りのメダルとなりました。
ちなみに、もう一つは、NAHAマラソンの30回記念メダル(右端)です。
琉球ガラスでできていて、「ありがとう」のコメントにハートを感じます。
南部鉄のメダルも、無骨ながら、
完走者を讃えようとしてくれた愛を感じます。
それに比べらたら、東京マラソンや大阪マラソンのメダルは、カッコだけ。
デザインだけでは、という気がします。
静岡、福岡のメダルは、「メダルなら何でも喜ぶと思っているのですか?」
と、聞きたくなります。
ま、もらって文句を言ってはいけませんね。

さて、いわて銀河100kmチャレンジマラソンですが、
アップダウンがきつく、難コースになるとは思います。
それだけに、完走の喜びもひとしおです。
もし、レース後の感想を一言でまとめるなら、
「また走りたい!」です。




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いわて銀河チャレンジ100km報告(下) [ウルトラマラソン]

 (上)(中)(下)の3部構成で最終回です。

まだ読んでない方は(上)から読んで下さいね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
(中)からの続きです


 

関門ギリギリの集団は、いつしか10人を超えていた。
いや、女性も2人加わっている。
一番若い女性は、それほどフルの経験もないという。

 「いしのまき復興マラソン」参加の男性が歩き始めた。
「(86kmの関門は)もうすぐですよ」励ましたつもりだ。
彼はうなずき、一瞬笑みを浮かべたが、走ろうとはしなかった。

一人、また一人落ちて行く。
まるでサバイバルレースだ。

前から落ちてきて、ふんばって「仲間」に加わるランナーもいる。

フルと違って必ず立ち寄るエイドで過ごす時間により、
「仲間」の
人数や顔ぶれは変わる。
それでも、またギリギリ同士は一緒になる。
この仲間に付いていけないということは、
つまりリタイアを意味するのだ。
2015-06-16 21.18.08.jpg
 日が傾き、オレンジ色に山が染まりつつあった。

「厳しいのは86kmです」もう大丈夫。
ミニスカートの男性が言った。
「もう関門はないんですか?」
90.5kmにあります。でも、もうそんなききつくはないです。40分ありますから」
なるほど。たったの4kmに40分だったら、
1kmあたり10分で済む。

暑さのせいもあるだろう。アップダウンの連続と厳しい関門。
私たちの後ろのランナーは、ほとんど関門から先には進めないはずだ。

最後尾の私たちの中には、サブ3、サブ3・5の経験者が数人いた。
「フルと、ウルトラは違うんですよね」実力派ランナーたちはうなずき合っている。
サブ4を達成したことで、自信を持った自分の勘違いを知る。
しかし、ここで自信を失ってもいけない。
走るのだ。
歩いても、どうせ足は痛いのだ。
走ると、もっと痛いけど。


最終関門の90.5kmまでたったの4km。40分もある。
キロ10分で走れば間に合う。
しかし、その
4kmがくせ者で、ほとんどが上りだった。
また歩いてしまった。
40分もあるのだから、少しくらいはいいだろう。
ギリギリの男たちも歩き始めた。
でも、何人かは痛そうに、歯をくいしばって走る。
ほとんど歩くのと同じスピードで。

kitakami1.jpg
分ほどあった「貯金」は、こうして浪費されていく。
 上りが終わって国道らしい大きな通りに出た。
自然の中から、人の暮らしの中に戻ってきたような気がする。
すぐに関門とエイドがあった。

あと9.5km
時間は80分もある。
キロ8分ペースなら完走だ。
ちょっと自信が出てきた。

最終関門を兼ねた90.5kmのエイドにはコーラがあった。
「夢に見たコーラだ!」甘さと炭酸が心地よかった。
アクエリアスにはもう、飽き飽きしていた。
「これ、私たちが作ったゆべし。ポケットに入れてって」とエイドのおばちゃん。
「手作りのゆべしなんて初めて。ありがとう」
ウエストバックにしまい、走り始める。

 よし、足は動く。
キロ7分45秒ペースで走れる。
これなら
完走は間違いない。
ただ、GPSの誤差などもあるし、ぎりぎりは怖い。
分は余裕が欲しい。
もう少し急ごうか。
 
「あと何キロですか?」
男性を追い越そうとしたとき、その
男性が沿道の係員聞いた。
係員は指を4本立てて「4キロ」と言った。
「ありがとう」彼はお礼を言った。
そんなはずはない。
私は
GPSを思わず確認して言った。
「違う、私のGPSだとまだ6キロ近くはありますよ!」男性に告げる。
キロの違いは、今の私たちにはあまりに大きい。
分ペースでも2キロで14分。
もし、
そのつもりで歩いてしまったら、取り返しはつかない。

 しばらく走ると「ゴールまで5km」と標識が見えた。
先ほどの男性が、並走してきた。
お礼を言いたいのかと思って、私は黙っていた。
しかし、彼は黙っている。
私から口を開いた。
「もう、(ゴールまで)行けるでしょうね」。
「あぶないところでした」。
 しばらく、お互いのことを話した。
彼は3度目の「銀河チャレンジ」。
最初はリタイヤ。去年は完走。13時間53分だった。
「今年も同じタイムになりそうです」。
フルマラソンではサブ3.5という。
kitakami2.jpg
 日中、さんざん私たちを照りつけた太陽は赤みを増して、
田植えを終えたばかりの田んぼ
に反射している。
スマホのシャッターを押しながら、
「スタートした直後もこんな写真を撮ったな」と思った。

そうだった。
夜明け前から走り始め、朝焼けを見た。
日中は暑さに苦しめられた。
そして夕焼けに変わった今になっても、
なお、走り続けているのだ。
13時間を越えた。

 あと3km。
また上り坂がある。でも、25分もあるから、歩かなければ大丈夫だ。

「さあ、元気を出しましょう」とミニスカートの男性が言う。
応じるように「元気が出たぞ」と大声で言い、
しばらく並走してみたが、結局ついていけなかった。

 あと1km。12分ある。
もう大丈夫。
ゴールは間違いない。
いよいよ完走を確信した。

ゴール付近のざわめきが、かすかに聞こえてきた。

いよいよだ。

気が付けば、私は一人だった。
前のランナーも、後ろのランナーとも、50m以上は離れている。
 走るほど、音がどんどん大きくなる。
人のにぎわい。歓声。音楽。 

野球場らしいグランドに沿って、右にまがった。
白いテープがピンと張られていた。

あと30m。
今、このまっすぐなコースを走っているのは、私一人。

あのゴールテープは、私が切るためにある。

20m。

前へ進む。

歓声がいっそう大きくなった。
私に向けられている声援だ。

10m。
何も考えない。
ただ、白いゴールテープをめがけて。

5m。

その瞬間、歓声に包まれていた。



 (おしまい)

2015-06-16 21.19.06.jpg 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
エピローグ

ゴール後、一緒に走った仲間たちと、
お互いのゴールを喜んだ。
「僕も完走しましたよ」
後ろから声がした。
振り返ると「石巻です」と言った彼だった。

ずいぶん前に落ちたので、完走は無理かと思っていた。
よく粘ってくれた。
ここで会えて良かった。
またどこかのレースで会おう。きっと。

私にウルトラの走り方を教えてくれたMコーチも、
ゴール直後に笑顔で迎えてくれた。
もちろん、無事完走。
彼がいなかったら、私の完走はなかった。
50kmの部に挑戦した奥様も無事完走したとか。
ご夫婦で完走すれば、喜びも倍増だろう。

ウルトラを走る。
そのさなかには、2度と走るまいと思っていた。
こんな辛いレースなんて、もう2度とは。

でも、今は・・・・・・・

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

数多くのアドバイスをくださったKANPEIコーチ、
そして、走る喜びを与えてくれたW隊長、
いつも一緒に走ってくれた大勢の仲間たちに、

心からお礼を申し上げます。


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いわて銀河チャレンジ100km報告(中) [ウルトラマラソン]



このレポートは(上)(中)(下)の3つに分かれています。
スクロールして、(上)からお読みください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

うかつだった。
関門があることは知っていた。
でも、何㎞にあり、それが何時までなのかは知らない。
知る必要もないと思っていたからだ。
14時間もある。
私なら、13時間以内で走れるだろう。
リタイアするとしたら、それは予期せぬ痛みや、
何かトラブルがあったときのことだ。 

意識したのは67km過ぎにある4つ目の関門だった。
通り過ぎる時、「あと6分です」という声が聞こえた。
時間に
余裕が無くなっていたことが、初めてわかった。 

「ふう、間に合った」並走していた同年配の男性が言った。
「ギリギリだったんですね」答えた。
「去年はここで引っかかったんですよ」
聞けば男性はサブ3ランナー。
ウルトラも5度目という。
でも、昨年初めて出たこの大会で、制限時間による関門でリタイアとなった。
驚いた。
リタイアなんて、ろくに走れもしない人が無謀に挑み、
勝手に白旗を揚げるものだと思っていた。

50km過ぎの急な坂は終わった。
確かもう一つ、短い上り坂があったはず。
「あの坂越えれば下りだから」前を走る男女の男性の方が、
女性にアドバイスしていた。
「そうか、あの坂を越えれば」
では、しばらく歩いて、坂が終わったら走ろう。
またも温存することにした。
あまり時間に余裕はないが、
この坂道が終わってからなら、余裕をもってゴール出来るはず。
2015-06-16 21.15.20.jpg
しかし、坂道は終わらなかった。
カーブを曲がると、
延々と続いていた。
それもそのはず。
あとで確認したら、
67kmから80kmまで、ずっと続く上りだったのだ。
標高差は200m程度と、普通なら緩やかな坂道と言える。
しかし、65kmを過ぎての坂道は、
消耗しきった体を容赦なく痛めつけて来る。
 そんなさなかの74kmに5つ目の関門があった。
制限時間は14時20分。
通過したのは14時16分。
余裕は全くなくなっていた。

「次の関門は何㎞にあるんですか?」
40代前半だろうか、がっしりし体形の男性に聞かれた。
「わからないんですよ。初めてなもので」。
「余裕がないことだけは確かですね」。

「サー、元気を出して行きましょう」
ミニスカートをはいた長身の男性が後ろから来て、太い声で言った。
足も長く、痩身で、無駄のない体をしていた。
このまま歩いていては、関門がクリアできないかもしれない。
彼に付いていった。
2015-06-16 21.16.27.jpg
先ほどの関門を一緒にクリアしたサブ3ランナー、そしてがっしり体形の男性、
ミニスカートの男性と、しばらく4人で走った。

前方から落ちてきた男性を抜いた直後に、
「私も石巻ですよ」後ろから声をかけられた。
聞けば、実家は近所だった。
同じ地域なら、自宅の被害はそれほどでもないはずだ。
「いっしょに完走目指しましょう」。
「頑張ります」5人で,坂道を上った。

ようやく80kmで平坦になった。
でも、歩いているランナーがいる。
「いしのまき復興マラソンに出る」と言ったリベンジランナーだ。
「歩いていたら、間に合いませんよ」
目つきが変わった。

道は一転、急な下りに変わった。
急な下りを6人で駆けおりた。


(下)に続きます。


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いわて銀河チャレンジ100km報告(上) [ウルトラマラソン]

壁だ。
壁が行く手を阻んでいた。
50kmを越えた直後、延々と続いて見えるこの坂道は、
まさしく壁に見えた。

 スタートは午前4時。
ウルトラマラソンでは普通の時刻なのかもしれない。
でも、初挑戦の私は「早く寝ないと」と、そんな気持ちばかりが先に立ち、
結局一睡もしないままスタート時間を迎えてしまった。
 案の定、最初の20kmは意識がもうろうとしていた気がする。
「いつリタイアしようか」そんな気持ちが何度もよぎった。
2015-06-17+08.54.09.jpg
少し楽になったのは30km過ぎのエイドステーション。
おにぎり、梅干し、バナナ、手作り味噌のみそ汁をほおばると、
力が湧いてきた。
眠気もだいぶおさまった。
でも、まだ10時間以上は走り続けなければならない。
この調子がいつまで持続できるだろう。
2015-06-17+08.56.46.jpg
 50km過ぎの壁は、無理をしないことにした。
ここまでゴール時間を計算すると、若干余裕がある。
走って足を減らすより、温存して歩く方を選んだ。
前後のランナーも歩いていた。
標高差約500mというこのコース。
アップダウンは想定していたし、足の痛みも予想はついた。
しかし、歩いていると、時間はどんどん経っていく。 

「再来週、石巻にいきますよ」突然、後ろから声をかけられた。
私の背中の「石巻ランニングクラブ 感謝」
そのメッセージのせいだ。
私も参加する「第1回いしのまき復興マラソン」に東京から仲間とやってくるという。
「では、石巻でまたお会いしましょう」。
昨年、やはりこのレースに参加したが、関門の時間制限で引っかかったという。
「今回はリベンジですよ」そう言い残し、先に行ってしまった。 

それにしても、岩手県はなんて自然が豊かなところだろう。
時折渡る川は、清流と呼ぶのにふさわしい輝きを放つ。
緑の木々の間から、絶え間なく鳥の声、蝉の声、
カエルか何かわからないが、自然の声が聞こえて来る。
遠くの山並みには残雪が見える。
緑のにおいが心地いい。
1b.jpg
しかし、暑い。
天気予報では最高気温が29度になるという。
直射日光に、こう照りつけられるのはかなわない。
少しは曇ってくれないか。

 トンネルがあった。3つのトンネルが続く。
長いのは2km以上あるらしい。
体が冷えるので、そのためのビニールも支給されているほどだ。
でも、おかげで
暑さから逃れられ、
若干下ることからクールダウンになったといえるかもしれない。
1c.jpg
 ここまで、キロ7分ちょっとで走っている。
計算すると、同じペースで行けば1時間半くらい余裕があるはず。
この50km過ぎの急坂を足の温存のために歩いても問題はないだろう。
 温存のために歩く。
思えば、それは逃げていたのかもしれない。
「まだ大丈夫だから歩く」
「今後のことを考えて、休む」
「暑いから今回はダメだった」
「寝不足だから、失敗した」
心は弱いものだ。
次々と、完走出来なかった時の理由が浮かんでくる。
完走を期待してくれている仲間の顔を思い浮かべた。
ランニング仲間たちは、私の完走を疑ってないだろう。

完走出来なかったら…いや、考えないことにした。
走ろう。
走ろう。
走り始める。足が痛む。
でも、走ろう。
走ることを止めると、走れなくなる。
走ろう。
今が勝負だ。

でも、その後も勝負はその後も延々と続くことになる。(中へ続く)


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いわて銀河チャレンジ100kmまで1週間 [ウルトラマラソン]

走ると疲れが残るかもしれない。
でも、走らないで筋力が衰えるのが心配。

フルマラソンと違って経験がないので、
どう調整すればいいのか、わかりません。


今日は午後、13kmを1時間20分で走りました。
キロ6分13秒ペースですから早くはないのですが、
ウルトラに向けて調整するならば、もっと遅いペースで走った方がいいのかもしれません。

20141102_194357.jpg
最初に向かったのは、いつもの公園。
坂道対策で、170mを上り下りを10回繰り返しました。
そういえば、ここで走っていて、
RUN仲間のマドンナ・reikoneesanと会ったことがありました。
reikoneesanは走るたびに記録を走る度に更新、
今年2月にサブ4.5を達成、さらに3月には4時間17分と伸ばし続けました。
坂道の少ないこの地域では、reikoneesanのほか、
多くのランナーがここで鍛えているのです。

実は昨夜、そのreikoneesanの送別会がありました。
ご主人の転勤でグアテマラに住むことになったのです。

私は10年以上前に、写真を撮るためにグアテマラに滞在したことがあります。
どこに行っても民族衣装を着た人々たちがいて、
最高にフォトジェニックな国でした。
10日ほどの短い期間でしたから、楽しい記憶しか残ってないのですが、
住むとなったら、想像もつかないような重圧があるでしょう。
山道も多く、トレイルランに向いている(?)などと、軽口をたたいてはいますが。
その時の写真です。

guablog.jpg

送別会には20名以上集まりました。
人徳ですね。
そしてreikoneesanを駅で見送りました。
なぜか、私は「汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる」
という「なごり雪」のフレーズを思い出しました。
ホームで見送れば、いっそう雰囲気も出たことでしょう。

2015-06-07 22.16.51.jpg 
reikoneesan、
がんばれ!
そしてお元気で!
寂しくなります。




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週末RUN [ウルトラマラソン]

初のウルトラとなる「いわて銀河チャレンジ100km」は、
6月14日(日)に行われます。
あと1か月少々。
もう1度、50km以上を走っておきたいところです。

今週末は土曜日は曇り。日曜は晴れのち曇り。
土曜日は日中、日曜日は夕方に、
それぞれ25kmを走りました。
ペースは6分30秒程度。
本番を想定したスピードよりは速いものの、
サブ4を意識した練習より、だいぶゆっくりです。
「これならずっと走れそう」。
走っていると、そんな気持ちになりますが、
やはり20kmを過ぎると足が重くなります。
しかも、ゆっくりなので距離が伸びません。
今日は30km走ろうと思っていたのですが、
遅くなったので途中でやめました。

20km以上も走り続けることは、
何度フルマラソンを走っていても、
しんどいことだと思います。

さて、いつもの東京湾沿いのコースは、
私にとって春はキス、秋はサヨリが釣れる釣りの岸壁なのです。
ところが、昨日、今日は滑走路に早変わり。
臨時の格納庫も出来ていました。
「Red Bull」とかいう小型飛行機のレースが行われたもようです。

2015-05-10 22.28.44.jpg
突然何もないところに、こんなものがあると驚きますね。

5月中は、もう少し体をいじめて、
6月に入ったら、休養しようと思います。


 


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GWのトレーニング [ウルトラマラソン]

いわて銀河チャレンジ100kmは、6月14日に開催です。
それまでに2度は50km走をしておきたいと思っていました。
GWは、貴重な準備期間ですよね。

5月2日、高尾山へ出かけました。
案内してくれたのは、数年前から通い続けているS村さん。
GWで大混雑を予想していましたが、
それほどでもなく、高尾山口から1時間少々で599mの山頂へ。
すぐ近くに富士山も見えました。
山頂付近は混雑していましたが、
ちょっと先へ進んだだけで嘘のように静かになります。
やはり詳しい方と一緒だと安心ですね。
ゆっくり弁当を食べて、途中で名物ゴマ団子を堪能して下山しました。
50ka.jpg

翌日、腿からふくらはぎまで、足全体が筋肉痛でした。
なるほど、マラソン関連の本には、
必ずと言っていいほど登山の効用について書いてあります。
きっと良いトレーニングになったということでしょう。

5月4日。
初めて50km走を行いました。
いわて銀河チャレンジに一緒にエントリーしている
M輪インストラクターが声をかけてくれ、
一緒に走ることになったのです。
朝7時にゴードンさんと3人でスタート。
ペースはキロ7分。
私に合わせて遅く走っているわけではなく、
タイムを気にするフルマラソンと違い、
ウルトラは、まず完走することが目的。
キロ7分はひとつの目安のようです。
M輪インストラクターも、本番はそのペースで走るそうです。
50kb.jpg
荒川沿いに北上し、青砥、高砂、柴又へ。
ここで帝釈天に手を合わせ、
江戸川沿いを南下。
荒川、中川、江戸川、そして下町の風情など、
景色が次々と変化する楽しいコースでした。

50k1.jpg
いったん南行に戻ったところで、
ちょうど30km。
すでに疲労困憊でした。
残り20kmで、M輪インストラクターの奥様が合流しました。
すると気分がリフレッシュ。
明るく、元気な女性が加わってくれただけで、力が湧いてきたのです。
新川、荒川、葛西臨海公園、そして最後は江戸川を浦安まで北上。
50kmは、意外なほど問題なく走り切ることができました。
とはいえ、本番はこの倍も走るのですね。

5月5日。
天気予報では晴れでしたが、曇っています。
晴れて暑くなる前に走ろうと、家を出ました。
江戸川放水路を渡っていると、
潮干狩りをしている人たちがいました。
ペースはキロ6分40秒くらい。
一人で走っていると、
ちょっと早くなります。
でも、フルマラソンのトレーニングよりは、
はるかに遅いペース。
2時間で18kmでした。
二日間でほぼ70km。

ウルトラに向けたトレーニングになったでしょうか。





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