砂丘を駆ける<鳥取市> [ラン旅]
砂が飛んでくる。
顔に、腕に、足に。
肌が出ている部分に容赦なく襲いかかって来る。
髪の毛の中、頭皮にも。
サングラスをしてこなかったことを後悔していた。
目を閉じるようにして横を向くと、
耳の穴にも入り込んで来る。
今日のRUN。
まずは前日オープンしたばかりのビジターセンター駐車場から、
「馬の背」と呼ばれる砂丘の観光ポイントを目指す。
何十人もの人たちが馬の背にいる。
あまり気にしているように見えない。
あの人たちは砂が気にならないのだろうか。
それとも、ちょうどここが砂の通り道なのだろうか。
右手には日本海の荒波が見える。
引き返そうか?
何度も思ったが、
とりあえず馬の背には行ってみることにした。
風が収まったのか?
それともあの場所だけが強かったのか?
高い部分に立つと、それほど気にならなくなった。
立っている人は記念写真を撮るだけで、
特別に眺めがいいわけではない。
ただ人がいる。
それだけで人が来るのではないか。
その場を離れて西に向かう。
とたんに人気はなくなり、
周囲には風でできた波のような模様が、
一面に広がる。
風紋と呼ぶらしい。
さらに走る。
振り返ると風紋を汚すように足跡ができる。
しかし、それはまた強風によってすぐにかき消される。
左手にオアシスと呼ばれる池を見下ろし、
人気のないさらに南西へ。
見えるのは砂と空。
まるで、どこが違う惑星を走っているようだ。
今度はゴツゴツとした模様が見えた。
ビジターセンターで見た砂柱(さちゅう)に違いない。
鳥取砂丘は鳥取観光の目玉。
観光客の足跡は砂丘の汚い模様を描く。
でも、強風はそれらを拭い去る。
さらに南に向かうと草木が生えていた。
今度は東を目指す。
砂の壁を往復している子供達がいた。
ちょっと変わったトレーニングだ。
観光客のほぼ99パーセントは馬の背に登っただけで帰るという。
たしかに、どこから見ても馬の背には大勢の人が立っている。
ちょっと外れると砂だけの世界。
駐車場に戻ってきた。
だいぶ風はおさまっていた。
忍者の里の朝<三重県伊賀市> [ラン旅]
窓から朝の強い光が差し込んできた。
まだ6時前。
このところつい、早く目が覚めてしまう。
もう少し眠りたいけど眠れない。
こんな時はいつまでもベッドにいないで走るに限る。
旅先ならもう迷うことはない。
4月中旬。
もう長袖とか、タイツとかなくてもそれほど寒くない。
走っていればすぐに汗をかくほどだ。
シャツとパンツとソックスだけを身につけ、
ランニングシューズをはけば準備OK。
ホテル出るとすぐにお城が見えた。
伊賀上野城だ。
天守閣を囲む石垣は高さ30m。
日本一の高さとか。
まずは城を背にして町中へ向かう。
城下町らしい風情が全体に漂う。
漬けもの屋、味噌屋、ほとんどの店が、
江戸時代のたたずまいを残していいて、
これまでの城下町と違う凜とした空気。
観光目的でもない、無理して残すわけでもない。
本物の歴史が息づいている気がする。
とはいえ、忍者の姿があちこちに見えるのは、
観光に力を入れている町の方針だろう。
伊賀の影丸。
子どもの頃、流行った忍者の漫画があった。
幼い私にはちょっと難しくて理解できなかった気がする。
伊賀は京都に近い。
京都から逃れてきた追われる身の武士などがこもって、
この地で生きる術を身に着け、
忍術は発展したという。
そんな町の中をゆっくり走る。
散歩しているおばちゃんが、頭を下げてくれた。
「おはようございます」とこたえた。
今度は城のある北へ向かう。
坂道を上れば伊賀上野城や忍者博物館がある。
左手に伊賀市役所があった。
「ようこそ忍者市へ」
忍者で町おこしできるなんて、
伊賀と甲賀くらいかもしれない。
坂道は、それほどきつくはない。
歩かずに天守閣の見える広場へ。
朝の日差しを浴びた城は青空を背景に、
その白さがまばゆいほど際立っていた。
周囲は新緑の淡い緑がやさしくかがやいている。
今、この城は1年でもっとも美しい時を迎えているのかもしれない。
ペースやタイムは気にしない。
先日、サブ4を狙った佐倉健康マラソンでは、
4時間0分17秒で目標を達成できず。
次はいわて銀河の100kmに狙いを定めた。
スピードは要らない。
ただ、走る。
日差しが強くなってきた。
そろそろホテルに戻ろうか。
ずっとこのまま走っていたいほど気持ちのいい朝だった。
名前も知らない、あの島へ<熊本県天草諸島> [ラン旅]
雨が窓をたたく音で目を覚ました。
朝、起きたらすぐに走るつもりでいたが、この雨ではやめておこう。
また寝ることにした。
今、私のいるのは不知火海に浮かぶ小さな島、樋島(ひのしま)だ。
熊本市から天草方面に向かい、
大矢野島、水浦島、上島を通り、
最後に小さな門島から車線が1つの吊り橋を渡って樋島に着く。
もう一度布団の上で目を閉じた。
すると、昨日の朝の光景が浮かんできた。
天草諸島は大小150を越える島々がある。
その島々を結ぶ橋、行き交う小舟、青い海。
今日の天気では、あんな光景を見ることができない。
いや、それでも走ろう。
雨だろうと何だろうと、
天草の小さな島で朝を迎えるなんて、
もう二度と無いかもしれない。
そう決めた3分後には宿を出て、
雨の中を走っていた。
キャップもかぶらずに走ると雨が顔をたたく。
すぐに小さな港にでる。
そのまま南へ向かってカーブを曲がると、
強い雨風が正面からぶつかってきた。
急に寒くなった。
二つ目のカーブを曲がると次の集落。
20軒くらいはあるだろうか。
家の数と同じくらい小さな船が港に並んでいる。
風が強いのに、
入り組んだ地形のおかげで波がないのだろう。
沖合には小舟が一艘浮かんでいた。
すでに全身はずぶぬれ。
1・7kmでUターン。
宿に帰って、朝食に間に合うようにシャワーを浴びた。
ほんの3・5kmの朝のジョグになった。
でも、この日はこれで終わらない。
午後6時、上天草のにぎやかな国道にあるホテルにチェックインした。
部屋の窓から港が見える。
すでに雨はやみ、
雲の隙間からうっすらと太陽がのぞいていた。
今なら夕日に間に合うかも。
朝のジョグでぬれたままのシューズを履いて外へでた。
気温は12、3度くらいか。
風はいっそう強くなっていた。
国道を数百メートル走って、
海岸に沿った横道に。
北西に見えるのは、長崎県の南島原市だ。
もっと晴れていれば雲仙普賢岳も見えるのに。
向かい風の中、進むとジャージ姿の女性たちが7、8人やってきた。
すれちがいざま、みんなから「こんにちは」笑顔で言われた。
嬉しかった。
あんな若い女性集団に、
こちらからあいさつする勇気はないけれど。
声をかけあうのは、やはり気持ちがいい。
こんな場所を走る見知らぬおっさんはどう見えるのだろう。
あっというまに3kmを超えた。
そろそろUターンしようか。
そう思ったとき、橋が見えてきた。
その先にある島の名前を私は知らない。
ただ確実なのは、今日、あの橋を渡らなければ、
私は2度と、あの島に行くことはないということ。
渡ろう。
あの島へ。
橋の上は風が強く、
スマホを取り出すと風にあおられ、こわいほどだった。
橋を渡り、1枚写真を撮ってすぐにUターン。
橋の左手に、4階建てくらいの宿があった。
海の見える人気の宿かもしれない。
海鮮料理が美味しいのかもしれない。
他には、特に何も見えない。
海は、目の前だ。
この島の名前は今もわからない。
知らなくてもいい。
でも、この名前を知らない島に来たことだけは、
ずっと覚えておこうと思った。
帰りは追い風になり楽に走れた。
振り向くと、太陽の姿は見えないけれど、
ほんのりと赤く染まった雲が浮かんでいた。
雪の原野を走る<北海道弟子屈町> [ラン旅]
氷点下12.9度。
路面には根雪のうえに昨夜の雪が残っている。
こんな雪の上を走るのは無謀だろう。
そう思ってあきらめていたが、
弟子屈市内で高校生らしい男の子が走っているのを見かけた。
こんなところでも走れるんだ。
そういえば、札幌に住んでいる時、
蕎麦屋が片手で自転車に乗り出前しているのを見かけたっけ。
道は雪と氷でカチカチだったのに。
よし、走ってみよう。
こんな状況で走るチャンスも、そうあるものじゃない。
午後4時過ぎ、ホテルを出た。
首をかくし、ウインドブレーカーも頭からかぶるが顔は冷たい。
でも、走り出すと、それほどの寒さは感じなくなった。
弟子屈町川湯の温泉街はそれ大きくはない。
5分も走ると国道に出た。
山の方角を目指すことにした。
あの山の向こうは摩周湖があるはず。
右手に中学校を見て山の方角へ、転ばないようゆっくり走る。
もう建物は見えない。
ひたすら山に向かってまっすぐ伸びる道があるだけだ。
どこかで戻らなければ。
そう思っているうちに、
走っているは除雪されておらず、行き止まりに。
左に曲がる。
そのまま数百メートル走ると、
農場のところで、また行き止まりになった。
まだ3kmほどだが、町の方向に戻ることにする。
雪の上で白い柴犬のような犬がギャンギャン吠えている。
この雪道を走っている男なんて、犬でなくても不気味に思うだろう。
また国道に出た。
もう少し走りたい気もしたが、
この先、どこで川湯温泉に戻ることができるかわからない。
道があっても除雪されていないと通れないからだ。
Uターンして川湯へ。
住宅が並ぶ道を走ると、
「大鵬通り」という標識があった。
大横綱、大鵬の出身地なのだ。
川湯には大鵬記念館もある。
写真を撮ろうと止まろうとしたら、
後ろに転びそうになった。
油断大敵。
寒いランニングのあとは、
温かい温泉待っている。
寒い寒いこの土地も、
まあスピードを出さなければ、そんなに問題はないかもしれない。
日本三景・天橋立を走る<京都府宮津市> [ラン旅]
日本三景、天橋立はどこにある?
東日本の人には意外に知られていないかもしれない。
答えは京都府の宮津市。
日本海に面した漁業の町だ。
宮津市を私は知らなかった。
1月上旬。
もっとも寒い時期だろう。
天気予報では大雪と聞いていたけれど、宮津の雪はそれほど多くない。
中心部にある古い木造の旅館は決してきれいではないけれど、
居心地はなかなか。でも廊下に出ると寒かった。
宮津の市内から天橋立まで3kmという標識があった。
よし、たいした距離ではない。
走ろう。
雪は多くないけれど、
日中解けた雪が夕方にふたたび凍り、
走るとパリパリと音をたてる。
宮津の市内は古い木造の家が立ち並ぶ。
そこを抜けると丹後の湾に面した海沿いの道だ。
向こうに見える松林が天橋立にちがいない。
歩道を走るとほどなく観光地らしい通りに着く。
両側に土産点が並ぶのは参道らしい。
土産物店はもう店じまいしている。
観光客の姿もまばらだ。
正面に赤くライトアップされた大きな山門があった。
神社だ。
ここから右に進めば天橋立だ。
橋を渡る。
両側の距離は100メートルあるだろうか。
長くのびた砂嘴の中央は松林。
約3㌔続いているという。
ザッザッという音を立てて砂の上を走る。
ここが天橋立だ。
しかし、いよいよ周囲は暗くなり、
人の気配もなくなった。
慣れない道を走るのはちょっといやだ。
先に進むのはやめておこう。
天橋立往復はあきらめて宿へ向かうことにした。
国道沿いの歩道は狭いけれど、
自転車も歩行者もいないので走りやすい。
海沿いを走るのは気分もいい。
市街地に入ると古い家並み。
情緒たっぷりの宮津の町を堪能した。
福岡天神から百道浜へ<福岡市> [ラン旅]
かつての赴任地、福岡に一週間の出張となった。
11月の中旬。ちょうど鍋がおいしくなる頃だ。
幸い、昼過ぎまでやることもないので、
毎日のように大濠公園に走りに行った。
大濠公園は一周2km。
ジョギングロードになっていて走りやすい。
でも、私が楽しみにしていたのは、
天神から唐人町を通り、ヤフードームや福岡タワーを通り百道浜、
そして室見川に至るコースだ。
天神のホテルを出発。
昭和通りにそって唐人町へ。
ほどなく福岡タワーが見えて来る。
手前のヤフードームの周辺は現在工事中。
私はいたころはホークスタウンと言う大きなショッピングセンターや映画館が入っていた。
なくなってしまったのは、やはり寂しい。
ホテルシーホーク。
実は福岡での最後の夜がこのホテルだった。
部屋は広く眺めも良かったっけ。
今は大陸からの観光客が連日押し寄せ、
平日にホテルをとるのも難しいようだ。
残念なのは広いロビーが変わってしまったこと。
以前は南国のジャングルのような広大な温室だったけど、
今はふつうに広々とした空間だ。
橋を渡り福岡タワーへ。
平日の午前中というのに中国語を話し人たちでにぎわっていた。
海岸に出る。
百道浜はビーチバレーが盛んなおしゃれな海岸だ。
その先の防波堤では、よく釣りをした。
サヨリ、メバル、スズキ、カマス、時には大きなサワラも。
その頃は自転車で来ていたけれど、
ランニングコースとしても素晴らしい。
天神から室見川まで遠回りしても6キロ。
当時はその距離を走るなんて考えつかなかったけれど、
今となってはたいした距離じゃない。
福岡は大好きな町だけれど、
どうしても昔を思い出しながらのRUNになる。
シーサイドももち、室見川。
素晴らしいランニングコースというのに、
あまりエンジョイしてないのかも。
米軍基地を走る<長崎県佐世保市> [ラン旅]
佐世保は坂の多い町だ。
長崎市もそうだった。
佐世保の場合、
そう広くない平坦な土地のかなりの部分を米軍基地が占めている。
いつも旅RUNは夕方が多いけど、
今日は朝走る。
10月中旬、ちょうど走りやすい季節だ。
実は、ちょっと二日酔い気味だったけど。
ホテルを出て、橋を渡り公園らしい場所に向かう。
DONT ENTERと路面に書いてあった。
でも、入っていけそうな雰囲気だったので、
そのまま走って入った。
表示は英語のみ。
向こう側に抜けようとおもったけれど、
かなかな金網が途切れない。
金網の開いた場所を探して走っていたら、
結局、入った場所に戻ってしまった。
あとで調べたら、やはり立ち入り禁止の米軍基地の一部だった。
海岸線を港に向けて走る。
午前8時半。
港の手前で朝市があった。
屋根があるだけのスペースで、
段ボールを重ねただけの店が10数軒あるだろうか。
にぎわってはいないけど、
それなりに客もいるようだ。
市場を先の港へ。
佐世保は駅のすぐ裏が港になっている。
離島へ向かう舟が外国船、
そしてもちろん軍艦も多く、
遠くにはインドの軍艦も見える。
整備されてそれほど年月も経っていないのか、
しゃれた波止場というかんじだ。
駅を抜けて市街地へ。
佐世保には大きなアーケード通りがあり、
にぎわっている。
長崎県らしく教会もある。
佐世保といえば佐世保バーガーが有名だけど、
佐世保のサンドイッチも知る人ぞ知る名物だ。
帰ったら、朝食はサンドイッチにしようと思った。
九十九島の展望台へも走って行きたかったけど、
佐世保の坂道は狭くて安心して走れない。
やはり米軍基地内が一番走りやすかった。
米国人は、やはりマラソン好きが多いのだと思った。
武家屋敷の町並みを駈ける<秋田県仙北市角館> [ラン旅]
気温はまだ高いけれど、
吹く風が爽やかに感じるのは、
湿度が低いせいなのだろうか。
秋田新幹線も停車するJR角館駅前の観光案内所に荷物を預けて、
武家屋敷の町並みを走ることにした。
駅前に山車がかざってある。
今週末、角館まつりが行われるらしい。
駅から伸びる商店街を走り、
右に折れるとまもなく武家屋敷が続く。
角館は「みちのくの小京都」と呼ばれる。
広い道の両側には黒い塀の広い屋敷が並び、
そのいくつかは、自由に見学することができる。
背の高い並木のおかげで、
道幅の広い武家屋敷通りは影に覆われている。
走るにも絶好のコースといえる。
直線距離では1kmもないかもしれない。
だから、何度も往復した。
武家屋敷の近くを広い川が流れていた。
田沢湖とつながっているのだろうか。
写真で見たことがある。
確かこの河原は、桜の名所としても有名だったはずだ。
そして今はコスモスが揺れていた。
何度も往復していたせいか、
その都度目があってしまうお土産屋さんのおばさんは、
「またか」という目でこちらを見ていた。
今日、新幹線で帰る前に汗を流したい。
街中に「角館温泉」があったはず。
古いのれんをくぐった。
日曜の午後。
人の姿は少ない。
のんびり浸かりたいところだけれど、
湯船の温度は44℃はあったろう。
とても長風呂にはできなかった。
ぬるいお風呂が私は好きだ。
穂高の森を駈ける<長野県安曇野市> [ラン旅]
毎年夏。
本格的にトレーニングを始めるのは、
いつも安曇野からに決めている。
8月は暑くて長い距離が走りこめない。
でも、秋のレースはだいたい11月ぐらいから始まるから、
8月に走りこまないと間に合わないのだ。
安曇野市有明にある穂高温泉郷は標高500メートルくらい。
盆地のため日中の暑さは東京とさほど変わらない。
でも、直射日光を遮る森の中のコースは、
もう何年も走り続けているお気に入りのコースだ。
朝7時。
鳥の声、そして早くも蝉の声がうるさいほど聞こえてくる。
森の中を進む。
2軒隣にあるペンションの駐車場は満杯だ。
それもそのはず。
世間はお盆休みの真っ只中だ。
しばらくは森の中に別荘が点在する中を進む。
トイプードルを連れて散歩するご夫婦。
「おはようございます」あいさつしてみる。
ご夫婦はチラっとこちらを見た。
のんびり朝の散歩をする人たちには、
私のような大柄の男が走って近づいてくるのは、
ちょっと不気味な印象を与えるのだろう。
何年も同じコースを走っているが、
実は、時々間違えることがる。
森の中で目印が少なく、
案内標識も見逃してしまうことがるからだ。
今回は注意深く探しながら満願寺方面へ向かう。
森を抜けると、
見晴らしの良い棚田が広がる。
盆地の向こうには、美ヶ原などの山々が見えるはずだけれど、
厚い雲に覆われている。
まあ、おかげで涼しく快適に走れるのだ。
ちょっとした集落を通り抜け、
渓流沿いに山道を登ると、
満願寺の入り口だ。
木造の古い橋が見えて来る。
名前は「微妙橋」。
橋が架かっているのは看板によると「三途の川」なそうだ。
満願寺へは急な勾配を上るので無理はしない。
やはりしんどいことはしんどいのだ。
湧き水を手ですくって喉を潤し、
来た道を走り始めた。
加計呂麻島を走る<鹿児島県奄美群島> [ラン旅]
おそらく、加計呂麻島と言って、
すぐに位置がわかる人は多くないだろう。
東京から飛行機で鹿児島を経由して奄美空港に。
奄美空港でレンタカーを借りて南部の港・古仁屋港へ。
そして古仁屋港からは海上タクシーに乗り、
ようやくたどり着く。
加計呂麻島はリアス式の海岸線が180kmも続く。
入り江の数だけ小さな集落がある。
ここ、勢里(せり)も4軒だけの小さな集落だ。
仕事に区切りをつけた土曜日の午後6時。
加計呂麻島で走るなら、今しかない。
民宿のおばさんに「ちょっと走ってきます」と言うと、
「忙しいのねえ」と呆れている。
東に向かうことにした。
東側は道路が危険なところがあるというので、
レンタカーでの通行は避けていた。
だから初めて通るルートになる。
道路の両脇にはハイビスカスが咲いていた。
誰かが植えているのか、
それとも野生の花なのか。
どちらにしても、強い品種なのだろう。
集落を抜けると、すぐに坂道になった。
入り江が多いということは、
坂道が多いということでもある。
右手には青い海。
左は崖になっている。
西日を背中に受けてすぐに汗が滴り落ちる。
1キロちょっとで次の集落、佐知克(さちゆき)に着いた。
ここには加計呂麻島唯一の製糖工場がある。
おそらく家の数は10軒くらいだろう。
人の姿は見えない。
佐知克を抜けると上り坂が続く。
民宿を出てから一度も人や車に会ってない。
走っていると、足音に驚いたらしい鳥がバタバタと飛び立つ。
その羽音にこちらもドキっとしてしまう。
よく見かけるのは全身が緑色の鳩のような美しい鳥だ。
後で聞くとアオバトという鳩の一種だった。
ジャングルの中からはほかにも昼夜を問わず甲高い鳥の声がする。
アカショウビンかもしれない。
坂道はずっと続く。
工事現場らしい場所があり、視界が開けていた。
走り始めてちょうど4km。
島の東に太平洋が見えた。
島の西は東シナ海だ。
加計呂麻島はあちこち路肩が崩れていて、
不通の道も多い。
工事現場の先はずっと下りになる。
途中まで下って25分になった。
このまま走って次の集落、秋徳にもいってみたいが、
そうなると、この長い下り坂は、
帰り道では長い上り坂になってしまう。
もう少し走りたいが、
民宿の食事に遅くなるのも申し訳ない。
引き返すことにした。
帰り道でも、アオバトがバタバタと飛んでいく。
時折受ける西日は強烈だが、
ジャングルの木陰の道も増えてきた。
佐知克が見下ろせる。
前回、「隠れ里」を走ったが、
加計呂麻島こそが本当の隠れ里と言えるかもしれない。
汗を滴らせながら下る。
日差しがオレンジ色を帯びてきた。
勢里に入れば平坦な直線コースでゴールだ。
どうせ汗で全身びしょ濡れだ。
民宿に着いたら、目の前の海に飛び込もう。
最高のクールダウンになるはずだ。