名前も知らない、あの島へ<熊本県天草諸島> [ラン旅]
雨が窓をたたく音で目を覚ました。
朝、起きたらすぐに走るつもりでいたが、この雨ではやめておこう。
また寝ることにした。
今、私のいるのは不知火海に浮かぶ小さな島、樋島(ひのしま)だ。
熊本市から天草方面に向かい、
大矢野島、水浦島、上島を通り、
最後に小さな門島から車線が1つの吊り橋を渡って樋島に着く。
もう一度布団の上で目を閉じた。
すると、昨日の朝の光景が浮かんできた。
天草諸島は大小150を越える島々がある。
その島々を結ぶ橋、行き交う小舟、青い海。
今日の天気では、あんな光景を見ることができない。
いや、それでも走ろう。
雨だろうと何だろうと、
天草の小さな島で朝を迎えるなんて、
もう二度と無いかもしれない。
そう決めた3分後には宿を出て、
雨の中を走っていた。
キャップもかぶらずに走ると雨が顔をたたく。
すぐに小さな港にでる。
そのまま南へ向かってカーブを曲がると、
強い雨風が正面からぶつかってきた。
急に寒くなった。
二つ目のカーブを曲がると次の集落。
20軒くらいはあるだろうか。
家の数と同じくらい小さな船が港に並んでいる。
風が強いのに、
入り組んだ地形のおかげで波がないのだろう。
沖合には小舟が一艘浮かんでいた。
すでに全身はずぶぬれ。
1・7kmでUターン。
宿に帰って、朝食に間に合うようにシャワーを浴びた。
ほんの3・5kmの朝のジョグになった。
でも、この日はこれで終わらない。
午後6時、上天草のにぎやかな国道にあるホテルにチェックインした。
部屋の窓から港が見える。
すでに雨はやみ、
雲の隙間からうっすらと太陽がのぞいていた。
今なら夕日に間に合うかも。
朝のジョグでぬれたままのシューズを履いて外へでた。
気温は12、3度くらいか。
風はいっそう強くなっていた。
国道を数百メートル走って、
海岸に沿った横道に。
北西に見えるのは、長崎県の南島原市だ。
もっと晴れていれば雲仙普賢岳も見えるのに。
向かい風の中、進むとジャージ姿の女性たちが7、8人やってきた。
すれちがいざま、みんなから「こんにちは」笑顔で言われた。
嬉しかった。
あんな若い女性集団に、
こちらからあいさつする勇気はないけれど。
声をかけあうのは、やはり気持ちがいい。
こんな場所を走る見知らぬおっさんはどう見えるのだろう。
あっというまに3kmを超えた。
そろそろUターンしようか。
そう思ったとき、橋が見えてきた。
その先にある島の名前を私は知らない。
ただ確実なのは、今日、あの橋を渡らなければ、
私は2度と、あの島に行くことはないということ。
渡ろう。
あの島へ。
橋の上は風が強く、
スマホを取り出すと風にあおられ、こわいほどだった。
橋を渡り、1枚写真を撮ってすぐにUターン。
橋の左手に、4階建てくらいの宿があった。
海の見える人気の宿かもしれない。
海鮮料理が美味しいのかもしれない。
他には、特に何も見えない。
海は、目の前だ。
この島の名前は今もわからない。
知らなくてもいい。
でも、この名前を知らない島に来たことだけは、
ずっと覚えておこうと思った。
帰りは追い風になり楽に走れた。
振り向くと、太陽の姿は見えないけれど、
ほんのりと赤く染まった雲が浮かんでいた。
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